生物イノベーションのゲノム科学

  我々を取り囲む様々な生物は日々進化しています。時間軸に沿って生物の発展を追ってみると、どうも生物の構造や機能はだんだん複雑になっているように思われます。そして多くの場合、構造の複雑化は機能の高度化、すなわちイノベーションにつながっています。

 一般的にものが複雑になっていく最も大きな原動力は、「既存のものが組み合わせられる」ことです。今そこに無いものを新規に作り出すよりも、今ここで利用可能なものを場当たり的にでも組合わせる方が、効率よくイノベーションを生み出しています。

 

  生物における組合せ複雑化イノベーションが、まさに起こっている現場として我々が注目しているのが

寄生植物

です。「寄生植物」は自律的に他の植物との連結を作り、水や栄養ばかりか、タンパク質や核酸を交換していることがわかってきました。

つまり、異なる種の植物個体間で遺伝物質をやり取りしてお互いの生命活動を制御しあっているようなのです。その通信手段として細胞から細胞へのRNADNAの伝播を行なっています。この伝播の分子機構解明と応用が私たちの大きな目標の一つです。

 

・研究モデル1 茎寄生植物ネナシカズラ

・研究モデル2 根寄生植物フェリパンキ


 生物と生物の相互作用はRNAやDNAの移行を伴うことがわかってきました。なかでも「遺伝子の水平伝播」といって、ある生物のゲノムから特定の遺伝子が他の生物のゲノムへと移行することがあります。

 バクテリアを除くと、この水平伝播には進化的スケールの時間がかかると考えられます。我々は、何とかこの現象を実験科学にできないかと考えました。そこで、生物の細胞の中で特定のDNAを増幅してやり、その過剰になったDNA断片が他の生物に移行するかどうかを実験的に構築して、DNA移行による遺伝子水平伝播の可能性を研究しています。

     プライマーゼとポリメラーゼが一体となった酵素を植物の師管で発現させることによるDNAを増幅し、それが寄生植物に伝播するかどうかをみます。

        植物の師管の中にあるmRNAから、師管内でcDNAを合成します。このcDNAが寄生植物のゲノムに移行するかどうかを調べます。


光利用効率アップを目指してー低光量耐性着果性トマト

 いっぽうで私たちは昔から行われている、種の交配による遺伝子の組合せ解析も進めています。

 遺伝子組合せで探索している形質として「寄生植物抵抗性」と「光利用効率の向上」があります。

 光利用効率を高める、ということは少ない光の下でも正常に生育する、またはベラボーに強い光の下でも捨てるエネルギーをなるべく少なくする、という二つのことを意味しています。今のところ私たちは、少ない光の下でも正常に生育する植物を見つけ、その性質の原因となっている遺伝子を利用することが考えられています。

 トマトは実をつけるために多くの光を要求する作物です。よって夏の天候不順に生産は大きく影響されますし、また屋内植物工場のように人工照明のみで栽培を行なうようなケースに適した作物とは言えません。

 私たちは蛍光灯照明のように通常のトマトにとっては不十分な光量の下でも正常に実るトマト系統を見出し、その性質の原因となっている遺伝子の同定を進めています。同定された遺伝子をゲノム編集等を用いて味の良いトマト品種に導入することで光利用効率の良い系統を作出したいと考えています。

低光量耐性着果性品種と低光量感受性品種を交配し、低光量耐性の様々な程度が現れるF2世代以降をもちいて、遺伝子型と低光量耐性着果表現型の相関解析を行なって、原因遺伝子を探索する。

ゲノムワイド相関解析(GWAS)の結果。縦軸の値が高いゲノム領域が、低光量耐性との相関が高い。